付加価値税と賃金と労働者

 つづきにあたって、『人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか』(慶應義塾大学出版会)玄田有史東京大学教授編集で「標準的な経済学の教科書をのぞいてみると、人手不足もすなわち労働市場の需給が逼迫すると、価格調整機能にしたがって実質賃金が上昇し、新たな均衡が実現する、と必ず書かれています。」の続きとして「賃金の上方硬直性」という特異な現象が起きいていると問題提起されるところから始まります。

 賃金が上がらないことで労働者は不利益を被っていると捉えられる向きもあり、それが自然と思います。ただ、hamachan先生と金子良事法政大学大原社会問題研究所兼任研究員の最近の遣り取りは、労働者・労働組合の交渉能力の源泉とは何か、ジョブ型雇用(職務給)に対し、年功型賃金(日本型雇用契約(無限定雇用))を重視する、金子良事氏の切れ具合と、冷静な指摘に終始するhamachan先生のかみ合わなさが日本の労働組合運動が劣化した理由であり、欧州左派である欧州の労働組合が企業経営者側と交渉能力を喪失せずむしろ経営側の要求を受け入れながら労働者側の実利を確実に獲得する手法の源泉が「ジョブ型雇用」であるというhamachan先生の強い信念を感じさせられる出来事でもあり、まさにその通りですとしか言いようがなく、付加価値税(VAT)への対応を考えるうえでも非常に参考になるものです。

 そうなると依然読んだhamachan先生の「日本の雇用と労働法」の「報酬管理システムと法制度」や「日本型雇用システムの今後」は、付加価値税(VAT)に対する行動とは何かから見ると日本の労働組合やその周辺が相当遅れたものであることを改めて再認識することにもなりました。

 また、「新しい労働社会」での「働き過ぎの正社員にワークライフバランスを」「賃金と社会保障のベストミックス」は、欧州の労働組合の現実に向き合い獲得する利益を考える行動と日本の労働関係者(NPO法人POSSE(ポッセ)今野 晴貴)等の活動(時間外労働等)を比較すると、いまだに子供レベルの議論でしかなく、どれほど遅れたものであるか痛感させられてしまいました。


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付加価値税(VAT)でワーク・ライフ・バランス

 付加価値税のマクロ的な課税科目である「給料・賞与」、いわゆる「賃金」と言われるものの塊が「物価」であるため付加価値税はインフレ税としてみることができます。それはリフレ派経済学者「インフレ税から逃れることは出来ない」も述べている通りでもあるからです。また、インフレ税が課税している「労働価値」「剰余価値」は資本主義経済を採る以上逃れられない証明でもあるからです。

 経営者にとって時間外労働(手当)とは「現金が給与と税金で二重に流出する」現象です。キャッシュフロー経営を行う経営者やコンサルにとっては由々しき事態です。さて、どうしましょう。一番手っ取り早いのは労働者に頭を下げて、「定時で帰宅して貰う事」。出来なければ、半強制的に「退社を促す」ことになりますから、今どきの大企業が取っている行動はどのような動機からでているかということが分かりますね。

 それでも帰宅しない労働者対策として「インターバル規制」を導入せざるを得なくなります。過重労働対策という面が強調されて12時間の休息を命じられますが、労働者自身が業務内容への取組みを調整し定時勤務へと回帰を促すのですが、経営者側にとっても実に利益があることが分かると
思います。

 ただ日本では、年功型賃金により時間外手当を「生活給」にしてしまう傾向が非常に強いことで知られています。
 これは、行動経済学での「初期保有効果」の「参照点」を労働者が所定内給与ではなく所定外給与を含めた給与総額で見ていることを表しています。経営者と労働者の交渉はどのようになるのでしょうか。職務が限定されているジョブ型雇用に「節税対策」という労働は入っているんでしょうか。日本型雇用(無限定)であれば、企業方針という言葉で、職務遂行を求められますが、ジョブ型雇用では、新人教育やゴミを拾う行為も含め「それは私の仕事には入っていない。別の人の仕事です。」で終了となります。
 欧州の労働組合は経営側の要求を達成するための報酬を要求することになります。ジョブの追加(手当加算)です。つまり無料ではないという、経済学での「フリーランチは無い」をしっかりと叩きつけるのです。この労働交渉が可能なのは職務が明確にされているから追加要求が通るし、それにより新たに得た賃金総額は「初期保有効果」の「参照点」の更新となり、一度手にした権利を下げない「下方硬直性」を維持するのです。欧州の労働者は定時で終了する契約をする見返りに賃金を獲得するのですから、それを奪われない為に、定時で仕事を終了するように努力します。その帰結が「生産性の向上」なのです。

 日本とオランダの労働者を比較し「生産性が低い」と言われる日本人労働者は比較する状態ですらないのに、どうしても比べられてしまいます。これは日本の労働組合及び周辺の労働学者の「貨幣錯覚」から来ているのかもしれません。『人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか』でも書かれている通り、日本の所定内給与は下がってはいないのです。つまり労働交渉ができず、得られるべき賃金を捨てているのではないかと考えられるからです。そのため、金子氏が年功型賃金に固執し、職務給批判(賃金が下がっている)をするのはどうも筋が違うとしか思えません。

 ワーク・ライフ・バランスは、労働者と経営者双方が本来WINWINの関係を得るべき手法であることを欧州の労働組合は見せてくれているのですが、日本の場合は、過重労働ガーに終始し先に進もうとしません。私としては、付加価値税(消費税)が8%から10%になることを前提として動いている経営者と有利に交渉できる時間を無駄にしていることが残念でなりません。