付加価値税と賃金と経営者

 はじめに、『人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか』(慶應義塾大学出版会)玄田有史東京大学教授編集によれば、賃金の定期昇給や日本型雇用契約(年功型賃金(賃金カーブ))が完全には崩れていない事を示しています。「所定内給与は減らないが、賃金は上がらない。」この本の分析は賃金が上がらない要因は大部分が国内要因にあるというのが前提で、1991年のマーストリヒト条約が日本経済に与えた影響は書かれていません。たしかにEUという統一市場の誕生は国内市場だけの企業にとっては殆んど影響が無いとされていますが、EU加盟条件である「付加価値税(VAT)15%以上」が日本企業経営者に与えた「行動」は、EU内企業並びに労働組合が取った「行動」と重なるものだったと思います。それは、本書でも書かれていた企業経営者の行動に表れているからでした。付加価値税は経営者の「行動」を変えたと同時に労働者側の「行動」も変えたということです。それは、労働時間の厳格化と労働者自身の時間をどのように使うべきか、家庭との調和と生産性と労働分配率のあり方などがあります。また、近年世界共通に個人請負型就業者が拡大をしていることと無関係ではないと思います。

 また、米国のトランプ政権がTPPから脱退する理由として、「米国企業が日本へ輸出すると付加価値税(消費税)を負担するコストが増える」というのがあります。さらに、米国トランプ政権は北米自由貿易協定(NAFTA)の修正も同じ理由で行動をおこしているのです。
 2016年のEUとカナダの自由貿易協定(FTA)への対応(関税撤廃)から、カナダは付加価値税(HST)を15%へ引き上げています。米国内で製造した商品への課税強化(輸出戻し税が無い。または、納税コストが高い)を、嫌ったことによるものです。米国製造業の復活による米国内からの輸出拡大を行うためのハードルが如何に高いものであるかが伺えます。
 しかし米国企業は売り上げも利益も上げています。それは米国国内からの輸出ではなく、製造場所を中国へと移転させたことが大きく関係しており、安い人件費だけではなく、対EUを含む付加価値税を設定している国との貿易を有利にすることを米国民主党政権が行った政策だったからです。TPPでも不利にならない自信が米国民主党にはあったといえます。
 それは1991年の日本とEUの関係になる以前から準備されたことでした。現在では、日本の付加価値税(消費税)8%と中国の付加価値税(増値税)17%で、日本への輸出に対し中国が有利、日本が不利な条件となっていることからも伺えることですが、中国の付加価値税(増値税)17%とEU付加価値税(VAT)15%以上で貿易条件の不利益を対消滅したとも見えるからです。

 日本の政策として、この税率差への対応は大きく分けて三つです。
 
「金融政策(為替)」「財政政策(法人税・消費税・関税等の改定等)」「構造改革(雇用の流動化・規制緩和等)」となり、「失われた20年」のその時の政権が齎した改革圧力が様々な方面で蠢動することとなっていったのです。

付加価値税を考える

 付加価値は、「課税売上−課税仕入(原材料費,外注費,販管費等)」、「税引後純利益+支払利息+手形割引料+賃借料+人件費+租税公課」などで表すことが一般的です。
 多くの方達から批判される付加価値税(消費税)が、賃金並びに経営者に対しどの様な行動を促すのでしょうか。そのためには付加価値税が何に対して課税しているのか理解するところから始めましょう。

 付加価値税(消費税)の「仕入税額控除」をマクロ的に見ると最終的に課税される科目が何かというと「付加価値=労働価値+剰余価値」と表されることになります。労働価値というと、マルクスの「労働価値説(人間の労働が価値を生み、労働が商品の価値を決めるという理論)」いわゆるマルクス経済学ですね。また剰余価値(労働者が生み出した剰余価値の対価を支払わない。「搾取」と称する)も同様です。でも生産能力(機械化・ICT化等)は当時と現代では全然違うため、簡単に当てはめるのは難しくなっています。そのような時代の変化の中で、付加価値税が登場してきます。
 
 付加価値税(VAT)は、フランスで生まれた税制です。所得税がドイツで生まれて世界へ広がったのと同様に社会情勢の変化への対応とも言えるでしょう。この「労働価値」と「剰余価値」の双方に課税するのが付加価値税(VAT・消費税・GST・HST・増値税等)ということになります。

 付加価値が高いということが、コストパフォーマンス(コスパ)が高いということを指すコンサルがいますが、この方達は「剰余価値」を重視していることを前提としています。
逆に「労働価値」を重視する方達は「労働分配率」を重視していることになります。それぞれの主張には理があり、お互いを全否定するのは難しくお互いが譲歩し合うことしかできないと思います。

 現代社会において消費者が求める要求(欲求)は、「コストの圧縮を行い、リーズナブルな価格でお客様にご満足いただける商品及びサービスの提供」が経営者に課せられていることもこの問題を難しくしているからです。

付加価値税の売上時の仕分けは、税込(消費税率8%)ですと

現預金 10,800 / 売上 10,800 

となります。この仕分けだと付加価値税(消費税)が分かりませんから、実際の仕分けは、

現預金 10,000 / 売上  10,000
現預金  800/ 仮受消費税  800

となります。「消費税を消費者から預かっている」というのは、こういう仕分によるところが大きいですが、事実は違います。付加価値税(消費税)の実際の課税科目はこれでは分からなくなるからです。
 ですが、税が分かりにくい反面、付加価値税が存在しない以前から法人税や関税等の税コストは、商品価格に価格転嫁されていましたから、税コストを「見える化」しているということでは消費者に対し、説明責任を果たしているとも言えるのです。
 「税の見える化」が何でこんなに忌み嫌われるのでしょう。様々なメディアの取り扱いも含め「見える化」って要求されますよね。見える化によって得られる「痛税感」で理性が吹っ飛び、本来の目的を忘れてしまい、困難な道へと突き進んでしまうのは何故なんでしょう。

商品の仕入れ、サービスを購入する場合の税込の仕分けは、

材料費(外注費) 5,400 / 現預金 5,400 
ですが、きちんと分解して、
材料費(外注費) 5,000 / 現預金  5,000
仮払消費税  400/ 現預金  400

そうすると、
仮受消費税 800 ― 仮払消費税 400=消費税納税額 400

消費税は、「仮受消費税−仮払消費税」で納税額を算出するのですが、ここで大事なのは、一般的な企業会計「収益−費用」ではないということです。また税務会計(法人税)の「益金−損金」でも無いということを理解しないといけません。

 昔の「役員報酬」は「損金不算入」。つまり経費として認められていませんでした。そのため法人税減税にならないわけですから、日本の経営者は役員報酬を高くしなかったのです。それが変化したのは、「事前確定申告」で役員報酬を固定化すれば損金(経費認定)されたからです。でもそれは、現在のコンプライアンスで不祥事が生じた際に役員報酬を減額すると「事前確定申告」が崩れることになりますから、経費として認定されない。当然のこと税務署は損金扱いしないので法人税が高くなることになりますから、経営者はコンプライアンスを強化する経営を行います。課税の在り方が経営者の行動を促している一例ですが、付加価値税(消費税)はどのように経営者の行動に影響を与えているのでしょうか。

 反リフレ派の方達が利益を減らすのは簡単だと言います。その方法として「給料・賞与」の支出(労働価値を重視する)を主張しますが、企業会計「収益−費用=当期利益(損失)」や税務会計「益金−損金=課税所得」は、法人税に対する算出方法ですので、付加価値税(消費税)では関係がありません。

給料・賞与 3,000 / 現預金 3,000 
仮払消費税   0 / 現預金   0 

 この仕分けでは、消費税が課税されていません。不課税科目だからです。先ほど述べた役員報酬も不課税科目であることもポイントになります。ここに付加価値税(消費税)の「マクロ的に見ると最終的に課税される科目」が何かが浮かびあがってきます。何故なら、仮受消費税−仮払消費税での課税仕入れ科目に該当しない「不課税」「非課税」こそが、消費税8%の「労働価値」に相当する部分の納付額になるからです。課税されてないいのに、課税されている。そこに付加価値税の難しさがあるのです。