津波被災の記録8

平成23年3月26日
 昨日のプロバイダとのやり取りで、会社のメルアドを回復。取引先に仮事務所への移転等を報告。協力会社間へ周知してもらう。秋田の業者等から電話を頂く。
 社長から月末に給料が支払えるか問われる。印鑑は無事でもタナバンは流失。月曜日に銀行へ行き手続き等を行い引出ができるか確認することにする。銀行の店舗もかなり被害があって、各金融機関も1店舗に集中して混乱している。この時点では社員に給料が支払えるどうか不安。

平成23年3月27日
 津波被災から3週間。自宅周辺はまだ停電中。内陸の親戚がガソリンを持ってきていただいたので、家族で風呂に入りに行く。同じ被災者でも避難所にいる人達との待遇格差と避難所に居る人達の我儘に振り回されることで、不満が高まっている。
 立ち上がろうとする人達と支援されて当然という人達の対立はかなりあちらこちらの避難所で起きているだろう。
 3週間ぶりの入浴。家族が湯あたりする。聞くと結構ほかの方達も湯あたりしているらしい。
 協力会社の会長が軽い脳梗塞で入院したということを聞いていたので、ほっとする瞬間でも危険は常にある。

平成23年3月28日
 銀行で手続き運がいいのか40人待ちで済んだ。ほかの人の話だと160人待ちはざらだったらしい。
 銀行のネットバンクも回復。下請業者等への支払いもできるようのなる。
 賃金台帳の回復へ。

平成23年3月29日
から
平成23年3月30日
 ほかの作業はすべて中断。給料の支払いに向けて復旧作業に集中。
 平成23年3月30日午後22時に100%ではないものの、回復。明日の支払いの準備。

平成23年3月31日
 銀行に今後の融資等についての話も含めて手続き完了。仮事務所に戻り袋詰め。
 午後4時手分けして何とか完了。社長に渡し、社員に手渡しできた。
 解雇の話。営業所等の閉鎖。により賃金もろくに払ってもらえないところが多かったことを考えると、不満はあるのだろうけど、何とか皆頑張った。まだ、瓦礫撤去作業という目前のもくひょうがあるから。

平成23年4月1日
 1月の段階で3月に退職することを希望していた方に、給料を渡しに行くも、避難所に居らず。伝言を託す。市街地は道路の除去は進んだが、歩道に瓦礫はのこっている。
 市街地の西側にいると被災地という現実がほんとうは幻であったのか、ここは被災前と何ら変わらずにある。